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南相馬にボランティア行ってきた
どこかの都市の繁栄のために、どこかの地方の村が犠牲にしてでも日本経済の発展を推し進めていくべきなのか。

ありえない。

送信者 ドロップ ボックス

南相馬のボランティアに向かう途中、飯舘村を通過していきました。

周辺は福一の半径20km圏内である警戒区域を除いて放射線が高い数字(7月14日現在2.83μSv/h・年間累積24.8mSv)を出している小さな村です。

テレビでは村民の97%が自主避難を行い、村役場も隣の福島市に移設したと伺っています。
村の中央に南相馬と福島市を結ぶ道路があるため、車の通りは比較的多いのですが

田んぼのほぼすべては野ざらしで雑草が生え、町は建物が壊れてもいないのに人の気配が無く
我が町寒河江でも震災当日の大停電で起きていたように、ゴーストタウンの空気が不気味に漂っていました。

なぜ日本経済発展の為に、我々のような地方が犠牲にならないといけないのでしょうか。
先日、川俣町に足を運んだ焼き鳥屋さんも、客足がパッタリで開店休業状態だと嘆いておりました。
例えば私の地元でこんな事故が起きたら、お店も閉店、営む父も生きる望みを失いいつ首をつるか分からない状態を、私が毎日不安で付き添うような日々を想像します。
極端な申し分かと思いますが、原発を維持(縮小も含め)していく場合そのような犠牲者が今後また起こる事も踏まえての電力使用と自覚をしなければならないはず。

そんな中で自主待避区域(福一半径30km)内のコンビニの軒下にツバメの巣が作られているのを見つけました。
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放射能で恐れるのは人間だけのようです。


生きていく上での許容量を超えなければ(気がつくもなく)普段通りの生活。それが吉と出るか、凶と出るのか・・・
本当に、本当に、福島の経済が破壊されてでも福島産の食べ物に距離を置かないといけないのでしょうか?
少しでも役に立てられるのであればと福島産の食材を食べる、料理に出したいと意欲が沸いているのに情報不足による汚染の拡大は日々増していくばかり。
もっと精密に検査して、食べられるもの、食べられないものを明確にして告知してほしい。


いろんな葛藤を持ちつつ、南相馬市のボランティアセンターに到着
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正直全く0に近い人数かなと思ってはいたものの、割とたくさんの方々が参加していたようでした。
南相馬でのボランティアは初めてなので受付を済ませると、無料で帽子をゲット
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「本日のニーズ(ボランティア作業)は掲示板に貼り付けていますので、作業を希望されるニーズに付箋紙を貼り付けてください。」
という事でじーっと何枚かを見渡すと、がれきの撤去や清掃活動の中に「放射線量が比較的高い1.5μSv/hでの作業のため、連日の作業は控えてください」というニーズを発見
津波で流された写真の復元作業を行うと言うことで、体力のいらないのと、参加人数が少なかったので付箋紙を貼り付けてみました。

すると、ボランティア参加5人が案内されたのは、警戒区域まで数百mの地点、南相馬市の馬事公苑でした。

大きな地図で見る

入り口のすれすれで道路が封鎖されており、自衛隊の隊員を横目に敷地内に進入。

ここでは被災者の方のプライバシーを扱う作業のため、撮影の一切を禁じられています。
洗浄プールで一時的に洗われた写真をここに集約させて、アルバムを開き、ぐちゃぐちゃになった写真の中から顔が判別できるものすべてをとりだし、泥まみれになった写真をウエットティッシュで拭いて泥を落とす作業です。
時折骨壺や位牌なども洗う作業があるだとか。10時からの作業でお昼休憩もはさみ、3時半までの作業。


お昼時に南相馬市在住のボランティアの方と話をしたのが印象的でした(ここでは伏せさせていただきますが)


一枚一枚丁寧に作業して、個人で70枚近く処理をして終了。
帰りにボランティア向けに作られていた自炊の冷やし中華を頂いて、

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川俣町の道の駅にも寄って川俣シャモのお肉を発見

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川俣シャモのお肉もお土産

まだまだ先は遠いですが、一歩一歩前進していきませう!
[2011/07/19 02:16 ] | 未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) |
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