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改めて、震災後に想うこと
大震災から2ヶ月以上経過しました。


改めて東日本の皆さん、大震災をふり返っていかがでしょうか?
我輩は山形県という今回の大震災では各地の震源地から囲まれ、多くの不安と影響がありましたが、
さすがにこれだけ日数が経過すると、ようやく普段の生活水準を取り戻してきたなーという感覚があります。


ボランティアに明け暮れた日々も最近は一段落した感覚があり、ブログもようやく書けるようになってきました…
なんだか部屋も散らかってとんでもないことになっていましたが、深呼吸をしてようやく片付けをし始めました。


かなり出遅れ発進ですが、一歩、一歩前へ進んでいます。


さて、一区切りをつけようとした所で申し訳ございませんが、話をひとつだけさせて下さい。
実は我輩この大震災の最中で、どうしても消化しきれない出来事がありました。





これをブログに書くべきか、それとも相手の事を思って我慢し、静かに事を落ち着かせようとも悩みましたが、どうしても我輩の中で処理しきれずふくらんでしまうばかり。
このブログを読んで頂いている方でも、きっとこの混沌とした東日本で、人間関係でぎくしゃくし辛い思いをした方もいるかと思いますので、我輩のグチという事で、少々付き添って頂けるとうれしいです。


それは、仲が良いと思っていたひとりの知人からのメール。


3月13日(日)…大震災発生から約55時間経過…


Twilogを遡ると、当時我輩はガソリンの入手が厳しくなっていく焦りと、地元の中小企業・スーパーなどでの物販に影響があると考えて、市内の情報発信を行っていました。

3/13日のます犬のつぶやき(Twilog)

今ふり返ると、我輩は市内で一番パニクっていたのかもしれません。恥ずかしい話です。余震が絶えず起こり、これからどのように経済に甚大な被害を受けていくのか…隣県といえど同じ東北。スーパーから食料がどんどん消えていき、これから私たちはどのように生きていけばいいのかをかなり深刻に受け、生き延びるためには正確な情報が必要だと、車の使用を控えて必死になって近隣スーパー・ガソリンスタンドの現場を調べていました。



自分の足で歩いて気がついたのは、少なからず私たちは情報化社会で育った身で、たくさんの情報を多くの人々と協力し、共有する事で助かることも多いのではないかと。



実際に、我輩が行った近隣の調査は、テレビでも取り上げられないような極めてローカルで小さな情報でしたし、それがほんの少し役に立てているようでした。
「電池があのスーパーで売っていた。」「この商品が減少傾向がある」など、情報は様々。Twitterやmixi上では安否確認ツイートや生存報告ツイートなどが飛び交い、救われる命もたくさんあったようです。我輩も同級生の弟が仙台のデパートで津波の連絡が来た後消息不明となっており、Twitterで呼びかけて得られた情報を報告したりしていました。



これは、もっと広範囲の人に声をかければ、助かる人が増えるのではないか…?
ましては西日本とか遠方の人で東日本側に安否を知りたい知人がいれば、近場であれば我輩も確認してあげられるな…。



当時の山形は停電もまずは復帰し、食料と燃料だけが不足していた程度なので、命が危険にさらされているという点では危機を脱出していました。そこで得た余力をもっと困っている人へと思い、遠方の知人にも声をかけることに。



ひとり、ひとりと声をかけて「何かあったら声をかけてね」とメールして、互いに共有できる様協力をお願いしていました。



そんな中、ひとりから
>>あなたに話がある


と言われ、なんだろうと思っていると、「あなたとはもう二度と会いたくありません」という内容のメール。
(すでに削除したので、正確な文面は残っていません。)


あまりにも突然の事で、地震で不眠不休で溜まっていたストレスが頭の中で一気にはじけた感覚がありました。


さらにつらかったのが我輩の話を誰からかに聞き、一方的な解釈で今までの付き合いを否定して関係を断ち切られた事です。
なんで私の話を聞いてくれないのか悩み、そのまま寝込んでしまいました。







一晩、冷静に考えた結果と、2ヶ月経って出た答えはあまり変わらないように思います。
少し丸くはなったかな…




彼はあの状況下でどうしても言わないといけない事だったのだろうか…?

今回の地震とはほど遠い、遠い西の地から
もっと、落ち着いた頃に、「実は…」と声をかけても良かったんじゃないだろうか。


少なからずこちらの状況を知らないはずなので


我輩の家族や友だちが亡くなって悲しんでいたり
家や町がめちゃくちゃになっていても


きっと同じ言葉を発していたんだろうな。と
そう気がついた時点で、我輩も彼らと関わりたいとは思えなくなりました。


先週、一緒に石巻へボランティアに行っている友だちが酔っぱらって家に帰ろうとしたら自転車で転んで大けがした時の話です。その時、たまたま南相馬市から寒河江市に避難してきた方から助けられたらしく

その時彼が聞いた話ですが

震災当日に南相馬から家族全員で市から脱出し、次の日寒河江市に着いて市役所にて相談をしようとしたところ、役場の方から「何しに来たんですか?」という対応をされた事に悔しい思いをして、今でも頭に焼き付いているそうです。


なにが言いたいのかというと


人は相手の立場に立たないと理解できない事がどうしても存在すると思います。


彼の言っていた、我輩の過去の話もそうです。私自身を肯定するわけでは決してありませんし、すべて我輩の責任である事は重々承知ですが、互いに隠れた苦労があるし、本人と腹を割って話をしないと理解できない点もあると思います。


そういった点で、我輩の話を一切聞いてくれなかった(親しく思っていた)彼の後ろ姿が冷たく、ひどく悲しい気持ちになりました。
そして追い打ちをかけるような状況下であることも。


南相馬から避難されてきた方の話もそうです。避難されて来た方と受け入れ側の感覚の違いはTwitter上でもいろんな物議がありましたが、相手の事を考えれば多くの事柄が解決しているかもしれません。そのことも踏まえて受け入れの立場に立ったら、もっと大らかな心で受け止めたいと考えています。



二十歳くらいから思うようになってきた考えですが



「人の真価は窮地に立たされた時に見えてくる」



我輩の情けないところは、こんなかっこいい事言ってる割に、震災中に身の回りが逼迫し、仕事が立て続けにミスをしてしまった事です。たくさんの方にご迷惑をおかけしてしまいました。
この点は大いに反省しお詫びを申し上げて、今後はいかなる状況下でも淡々と与えられた職務を全うできる社会人になるべく日々精進していきたいです。

それと同時に、被災地でのボランティア活動や募金、その他諸々、この震災時に困っている人々へ手をさしのべる行動ができた事を誇りに思い、無いにこしたことはありませんが、また日本のどこかで助けを求められている事が起きれば、有無を言わずに飛び込める行動力をこれからも保ち続けたいです。


こんな時だからこそ啀み合った相手でも互いに温かい声を掛け合えるような大らかなこころを作るのが
自分自身の度胸が鍛えることにつながっているように思います。


まだまだ東北の復興はこれからですが、
みんなで手を取り合って助け合える。そんな東北、日本でありますように。


さて。次はどこにボランティア行こうかな
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[2011/05/24 00:17 ] | 未分類 | コメント(1) | トラックバック(0) |
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コメント
THX
貴方のおかげで憂いなく、現地で活動ができたのだ。感謝し尽せない。
[2011/05/27 23:28]| URL | 例のアレ #- [ 編集 ]
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