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近況報告
保身よりも地域貢献的な想いが先行して猪突猛進っぷりが伺える困ったちゃんなます犬です。皆様おはようございます。

青年部のブログは義務感でなんとか定期的に書けていますが
こっち側がさっぱりなのでたまにはここにも。


最近の大震災関連の近況報告ですが


福島の焼き鳥を寒河江のやきとりBarに誘致するべく、
6/18に福島駅前の鶏けんさんに食べに行ってきました。

【6/18のツイート】
http://twilog.org/masuken777/date-110618

もう少し何軒か回らないと目星が付けられないので、
近日にもう一度食べに行ってみようと思います。


最近は石巻市の牡鹿半島あたりで青年会議所として
ボランティア活動をしていました。

【6/23のツイート : 牡鹿半島での牡蠣養殖用の貝殻ひろい】
http://twilog.org/masuken777/date-110623

【6/28・6/29のツイート : 牡鹿半島での炊き出し】
http://twilog.org/masuken777/date-110628
http://twilog.org/masuken777/date-110629


Twilogには無い流れとして
6/29の炊き出しの際に、おそばを貰いに来たおばちゃんから

>どこから来たの?

山形県の寒河江市からです。

>寒河江か~。そういえば知り合いが一人いてね…


…と話を聞いてみると、寒河江のとある方を交流があって
この辺り(牡鹿半島の小渕浜周辺)は電話が通じないから向こうも心配していると思う。
もしよければ
「私は生きています。元気です」と言付けをお願いできないか。との事。


……


これ、ちゃんと伝えないと申し訳ないな。


と言う事で向かったのは寒河江市の寿司長さん

【寿司長さんのHP】
http://www.sushicho.com/

ここのマスターの奥山さんに元気だという旨を伝えて欲しいとの事で、
ランチを食べつつ報告してこようという流れで家族で足を運んで見ました。


q83gg.jpg
【ちらし寿司】


んで、奥山さんにかくかくしかじかと話をしてみたら、奥山さん自身も
その方を相当心配していたみたいで、いろんな伝手で相手の情報を仕入れていたようです。


まさか(小指を立てて)ですか?と冗談交じりもさらっとスルーされて


聞くと、二十代の若かれし頃、しょっちゅう牡鹿半島にツーリングに行って
泊まらせてもらったり、ご夫婦共にお世話になった方なんだーとの事。



そこで話すこと数十分…



そんな話をここに書くよりも、混み上がってくる想いは
言葉で伝えるだけで、お互いの想いがこんなに湧き上がるという感動。


電話、メール、インターネットと通信手段がいくらでもある時代に
人を通じて「出逢って 見て 触れて 聞いて 伝える」という流れはこころも伝わるという独特の感覚


人の想いって温かいですね


想い、伝えましたよ。


ちょっといい話、的な事はさておき、
これからの動向ですが、お世話になった方々からも「石巻にまた来てよー」というお声がけを頂戴してはおりますが、個人的には石巻での活動は一段落感が出てきて、大部分は業者に委ねてもいいのかなと

近々、福島原発の警戒区域の範囲が縮小される可能性のソースがあったので
福島近辺の支援ができないか模索中です。


福島のやきとりの寒河江誘致する件も含めて…


同じ東北の地で未曾有の災害が継続している事実に、
見て見ぬふりをしようとする自身の姿勢が嫌いです。


暑苦しい性格で大変申し訳ないのですが


死期を迎えた時に「バカだったけど生まれてきて良かったなー」と思えたら個人的に満点。
見えないくらい微力ですが、お役に立てられるように足を運べれば幸いです。
[2011/07/02 11:45 ] | 未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) |
原発デモに混ざってみた
してみたます犬です。皆様こんにちは

スマホからの投稿なので文章短めですが、写真とかさくっと上げるよ!(・∀・)

集合中はすみっこで寝てたんですが、目が覚めたら公園前の入り口でお巡りさんから封鎖されてました



横からするすると出られたので正面から



一触即発?



この数倍お巡りさんいだ!



ナイス衣装!


みんなで新宿を前進!

行動するって大事ですな!アイデンティティをくすぐられたます犬でした!
[2011/06/11 16:34 ] | 未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) |
改めて、震災後に想うこと
大震災から2ヶ月以上経過しました。


改めて東日本の皆さん、大震災をふり返っていかがでしょうか?
我輩は山形県という今回の大震災では各地の震源地から囲まれ、多くの不安と影響がありましたが、
さすがにこれだけ日数が経過すると、ようやく普段の生活水準を取り戻してきたなーという感覚があります。


ボランティアに明け暮れた日々も最近は一段落した感覚があり、ブログもようやく書けるようになってきました…
なんだか部屋も散らかってとんでもないことになっていましたが、深呼吸をしてようやく片付けをし始めました。


かなり出遅れ発進ですが、一歩、一歩前へ進んでいます。


さて、一区切りをつけようとした所で申し訳ございませんが、話をひとつだけさせて下さい。
実は我輩この大震災の最中で、どうしても消化しきれない出来事がありました。





これをブログに書くべきか、それとも相手の事を思って我慢し、静かに事を落ち着かせようとも悩みましたが、どうしても我輩の中で処理しきれずふくらんでしまうばかり。
このブログを読んで頂いている方でも、きっとこの混沌とした東日本で、人間関係でぎくしゃくし辛い思いをした方もいるかと思いますので、我輩のグチという事で、少々付き添って頂けるとうれしいです。


それは、仲が良いと思っていたひとりの知人からのメール。


3月13日(日)…大震災発生から約55時間経過…


Twilogを遡ると、当時我輩はガソリンの入手が厳しくなっていく焦りと、地元の中小企業・スーパーなどでの物販に影響があると考えて、市内の情報発信を行っていました。

3/13日のます犬のつぶやき(Twilog)

今ふり返ると、我輩は市内で一番パニクっていたのかもしれません。恥ずかしい話です。余震が絶えず起こり、これからどのように経済に甚大な被害を受けていくのか…隣県といえど同じ東北。スーパーから食料がどんどん消えていき、これから私たちはどのように生きていけばいいのかをかなり深刻に受け、生き延びるためには正確な情報が必要だと、車の使用を控えて必死になって近隣スーパー・ガソリンスタンドの現場を調べていました。



自分の足で歩いて気がついたのは、少なからず私たちは情報化社会で育った身で、たくさんの情報を多くの人々と協力し、共有する事で助かることも多いのではないかと。



実際に、我輩が行った近隣の調査は、テレビでも取り上げられないような極めてローカルで小さな情報でしたし、それがほんの少し役に立てているようでした。
「電池があのスーパーで売っていた。」「この商品が減少傾向がある」など、情報は様々。Twitterやmixi上では安否確認ツイートや生存報告ツイートなどが飛び交い、救われる命もたくさんあったようです。我輩も同級生の弟が仙台のデパートで津波の連絡が来た後消息不明となっており、Twitterで呼びかけて得られた情報を報告したりしていました。



これは、もっと広範囲の人に声をかければ、助かる人が増えるのではないか…?
ましては西日本とか遠方の人で東日本側に安否を知りたい知人がいれば、近場であれば我輩も確認してあげられるな…。



当時の山形は停電もまずは復帰し、食料と燃料だけが不足していた程度なので、命が危険にさらされているという点では危機を脱出していました。そこで得た余力をもっと困っている人へと思い、遠方の知人にも声をかけることに。



ひとり、ひとりと声をかけて「何かあったら声をかけてね」とメールして、互いに共有できる様協力をお願いしていました。



そんな中、ひとりから
>>あなたに話がある


と言われ、なんだろうと思っていると、「あなたとはもう二度と会いたくありません」という内容のメール。
(すでに削除したので、正確な文面は残っていません。)


あまりにも突然の事で、地震で不眠不休で溜まっていたストレスが頭の中で一気にはじけた感覚がありました。


さらにつらかったのが我輩の話を誰からかに聞き、一方的な解釈で今までの付き合いを否定して関係を断ち切られた事です。
なんで私の話を聞いてくれないのか悩み、そのまま寝込んでしまいました。







一晩、冷静に考えた結果と、2ヶ月経って出た答えはあまり変わらないように思います。
少し丸くはなったかな…




彼はあの状況下でどうしても言わないといけない事だったのだろうか…?

今回の地震とはほど遠い、遠い西の地から
もっと、落ち着いた頃に、「実は…」と声をかけても良かったんじゃないだろうか。


少なからずこちらの状況を知らないはずなので


我輩の家族や友だちが亡くなって悲しんでいたり
家や町がめちゃくちゃになっていても


きっと同じ言葉を発していたんだろうな。と
そう気がついた時点で、我輩も彼らと関わりたいとは思えなくなりました。


先週、一緒に石巻へボランティアに行っている友だちが酔っぱらって家に帰ろうとしたら自転車で転んで大けがした時の話です。その時、たまたま南相馬市から寒河江市に避難してきた方から助けられたらしく

その時彼が聞いた話ですが

震災当日に南相馬から家族全員で市から脱出し、次の日寒河江市に着いて市役所にて相談をしようとしたところ、役場の方から「何しに来たんですか?」という対応をされた事に悔しい思いをして、今でも頭に焼き付いているそうです。


なにが言いたいのかというと


人は相手の立場に立たないと理解できない事がどうしても存在すると思います。


彼の言っていた、我輩の過去の話もそうです。私自身を肯定するわけでは決してありませんし、すべて我輩の責任である事は重々承知ですが、互いに隠れた苦労があるし、本人と腹を割って話をしないと理解できない点もあると思います。


そういった点で、我輩の話を一切聞いてくれなかった(親しく思っていた)彼の後ろ姿が冷たく、ひどく悲しい気持ちになりました。
そして追い打ちをかけるような状況下であることも。


南相馬から避難されてきた方の話もそうです。避難されて来た方と受け入れ側の感覚の違いはTwitter上でもいろんな物議がありましたが、相手の事を考えれば多くの事柄が解決しているかもしれません。そのことも踏まえて受け入れの立場に立ったら、もっと大らかな心で受け止めたいと考えています。



二十歳くらいから思うようになってきた考えですが



「人の真価は窮地に立たされた時に見えてくる」



我輩の情けないところは、こんなかっこいい事言ってる割に、震災中に身の回りが逼迫し、仕事が立て続けにミスをしてしまった事です。たくさんの方にご迷惑をおかけしてしまいました。
この点は大いに反省しお詫びを申し上げて、今後はいかなる状況下でも淡々と与えられた職務を全うできる社会人になるべく日々精進していきたいです。

それと同時に、被災地でのボランティア活動や募金、その他諸々、この震災時に困っている人々へ手をさしのべる行動ができた事を誇りに思い、無いにこしたことはありませんが、また日本のどこかで助けを求められている事が起きれば、有無を言わずに飛び込める行動力をこれからも保ち続けたいです。


こんな時だからこそ啀み合った相手でも互いに温かい声を掛け合えるような大らかなこころを作るのが
自分自身の度胸が鍛えることにつながっているように思います。


まだまだ東北の復興はこれからですが、
みんなで手を取り合って助け合える。そんな東北、日本でありますように。


さて。次はどこにボランティア行こうかな
[2011/05/24 00:17 ] | 未分類 | コメント(1) | トラックバック(0) |
お詫び
3日目の記事を更新しよう。しよう。と考えながら2ヶ月以上経ってしまいました…


Evernoteにも2回ほど記事をおこしていましたが、どうも偽善者のような書き方が気にいらなくて、最終的に全部削除しようという結論になりました。


人のために行動する事はカタチそれぞれですが、これみよがしのネタにするのもどうかなと。
大事なのはとっさの行動力と、人々に手をさしのべる想いだと思いますので…


被災地、石巻市に足を運んでボランティアを続け、
正確に数えてはいませんが、日帰り・泊まりがけも含め10回近く足を運び
様々な場面で深く、深く考えさせられる出来事がありました。

余裕があれば、今後ブログでも触れさせて頂きたいと思いますが、
とりあえず大震災から3日間の出来事まとめが完成しなかったことのお詫びも兼ねて
今回の記事は閉じさせて頂きたいと思います。
[2011/05/23 21:27 ] | 未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) |
食べ物が家庭を明るくさせる力。 -西川町のあらき精肉店さん-
そういえば6年くらい昔の話ですが、母が離婚していなくなっていた頃、父親と二人広い家でくらーい感じで生活をしていた時期があったんです。

父は居酒屋で料理を作っていましたが、家ではフライパンを握る事はまれで、その頃は互いに仕事で料理を作っているにも関わらず、てめえ達の飯は我輩がスーパーから総菜や弁当を買って食いつないでいたような日々でした。

男なので元々母とは率先して話をしていなかったので、母がいなくなって我輩自身寂しいような意識は無かったのですが、今ふり返ると家の中の雰囲気はかなり暗かったかなと感じます。


まあそんなある日、突然にですよ。


「ちょっと家の中が暗いから、おいしいものを食べて、気を明るくさせようか」


と、たしか父が言い出したと思います。


まあ、そうだな。たまにはおいしいものか。何を食べようかな…。


という事で当時我輩は青年会議所に入りたてて、世の中の右も左も分からないままな我輩に、いろんな事(社会勉強?)を教えて頂いた西川町のあらき精肉店さんを思い出したんです。


そうだ。最高にうまい肉を食べてみない?お肉屋さんを知ってるよ


で、ホームページの制作もしていなかった頃、ぽいっと西川へ足を運んで荒木さんに「3000円分のステーキ肉下さい。」ってお願いしたんです。


ガチャン。ガチャンと奥でお肉を切る音が聞こえてから


「おまけで厚くしといた。」


ぽん。と出してくれたのが、2cm以上の厚みはあったと思います。巨大霜降りサーロインステーキ


霜降りの生肉ってスーパーでもちょっとの角の奥のコーナーに置かれるからよく意識した事がなく、まじまじと生肉を見たのは初めて。赤身以上に霜が降りまくってさらに目が細かい。


ヒョーッ


っておらいたまげたんだっす。 #yamagata_ben


「ココ●のステーキとは全く比較にならないですね。」

と失礼な事口にしたら「一緒にするな」と一蹴されてしまったのですが


「おいしいお肉の食べ方は、単純にそのまま焼いて、バターと醤油をちょろっとかけるだけでいいんだよ。」


へー。


で、持ち帰って父親と二人、コンロで焼いてみたんですよ。


( ´ Д`)ジュワー


おおおおおおおおお!


お恥ずかしながら、二人で歓声を上げてしまって。

バターと醤油で一口、口にしたら



お…俺ら(料理人)いらなくね?



こんな肉食った事ねぇ!



歯を立てなくても口で溶ける!



なんか俺ら、超不幸だけど今この瞬間すごい幸せ

と父と二人で感動していた記憶はよく覚えています。

あらき精肉店さんのお肉で食べ物の力をこれ見よがしに体感してしまったわけです。
逆に言うと普段、どんだけひどい飯食ってんだと言われそうですけど、衝撃を受けたのは本気だったかなと。


ま、我輩の暗い過去はさておいて、今はホームページと青年会議所で大変お世話になっているあらき精肉店さんですが、時々そんなこんなで「3000円分のおいしい肉下さい。」といってお肉を買ってます。

牛刺身肉とか1万円分の極上牛肉をタダで貰ったりいろんなエピソードは実はたくさんあるのですが、書くと長くなるのでここまで。

送信者 ドロップ ボックス


に…二枚!※3000円分

ひとりで食うには4分割しないと食べきれません。

送信者 ドロップ ボックス


ウチの小さいフライパンでは入りれません!!!

と、ひとりでキャーキャー興奮しながら丸ごと焼いてもぐもぐ食べている軽い自慢話でした(ひどい

そんなお世話になりっぱなしの西川町 あらき精肉店さんのホームページはこちら


大きな地図で見る

豚ロース味噌漬けとかコロッケもあったりオードブルも出していらっしゃるようです。でも個人的にはステーキとかしゃぶしゃぶ肉とか一級品のものをさくっと買って食べるのがイチオシ。

食のシアワセーをぜひみなさんに!ごっつぉさまでーす
[2011/03/04 00:46 ] | 未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) |
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