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ます犬…被災者に「甘えるなクソババア!」投稿…
我輩の転落人生の一角として、4年前父の店が火事で全焼した事が例として挙げられますが
あの時を振り返ると、たくさんの方々に多大なご迷惑をかけて、同時に本当にたくさんの方からご支援を頂戴して
ようやく今の環境で落ち着く事が出来た…というすごーくありきたりな言葉が思い浮かばない状態なのですが

最初の3日間は父親のメンタル面をとにかく心配していました(自殺されそうで怖かった)
とにかく落ち込んだ気持ちを持ち直して、家族で声を掛け合い支え合って、再建しなければならないという頭で埋め尽くされて、一歩一歩、着実に前に進んでいったような気がします。1月に全焼し、お店が再開したのは5月でした。


そんな我輩の身の上話は置いといて


先々月、石巻市のボランティアで一般民家にヘドロのかき出しに行った話ですが、10数人の大規模な数でとある民家に足を運んでリーダーが状況を確認すると
家の中が異臭と異様なまでに散らかっている物、物、物。玄関には頭の高さまで山積みになっているゴミ。世間が言うゴミ屋敷が作業現場でした。

しかもゴミ屋敷の上、震災から二ヶ月経っていたので家の中がそのままで非常に不衛生。どれが必要でどれが処分するのかも分からず、リーダーが建物の中を見た時一瞬凍り付いていたようでした。

ボランティアを利用されたのは今回だけではなく、以前は庭のヘドロのかき出しをさせていたようですが、そのヘドロを詰めて山積みになった土のう袋は庭の端に置き去りにされ、山積みにされている状態。

周辺のご近所は何事もなかったようにきれいに清掃がされており、軒先に山積みにされていたゴミはすでに市もしくは業者が回収しており、なぜか今回のボランティア先のお宅だけ回収されていない状態でした。


詳しい事は確認がとれませんでしたが、震災ごみが回収されなかった理由を個人的な見解として、

・震災ごみを敷地内に放置状態にしていた
・上記の理由で業者が回収に来ても不在や、回収OKを出さずにそのままにされた
・税金を納めていない/ご近所の自治体と仲が悪いなどで周囲から対応してもらえない


とかなってるのかなーと勝手に想像しつつ、リーダーが「(処分してもらえないのは)困りましたねー。作業で出したゴミをどこに置きますか?」と家主の女性と話していたところ、やりとりをしている間に突然家主が声を荒げて


そんなこと、私が分かるわけ無いでしょう!!



ザワッ(一同凍り付く



その後も「ったく、そんな事くらいいちいち私に相談しないであんたたちでしなさいよ。」というスタンスでがしがしの物言い。





ブッチーン





甘えるんじゃねえぞ クソババア!



俺はお前が少しでも前に進んで欲しいと願って来てるんじゃ。お前自身が他人任せじゃ前に進まねぇだろ



と大暴れして怒鳴り散らそうと、汚い言葉がのど元限界まで上り、吐き出す寸前まで来ていましたが、
他のボランティアの全員が、不満な顔をひとつもせずうんうんとうなずいている姿に萎縮してしまい。じゃあ、倉庫の方を片付けていきましょうねーという流れで結局、清掃する事に。


その日は梅雨入りもしていないのにじめじめとした日で気温も上昇。


服についたヘドロは洗い落とせないので上下にカッパを着て、ヘルメットとマスク、長靴と重装備で作業をしました。




5月なのに…暑くて…暑くて…本当に倒れてしまいそうでした。




きゅうけいー。と声が上がってカッパを脱ぐと熱気が漏れ出し、服とズボンは洗い立てのように汗でぐっちゃり。
手元の水分は休憩前に使い果たし、ご同行頂いた方から一本お水を恵んでもらうにも数秒で無くなる。食べ物も少量



ふう…



おれは…なんのために…こんなことを…



我輩が自身を情けなくて反省しなければいけないのは、
上記の言動にどうしても納得がいかなくて、午後からの作業はリーダーに申し出て退出してしまった事です。

最後までやり遂げるのは当たり前の事ですし、なによりも一緒に同行して頂いたボランティアの方に申し訳が立ちません。

それでも、「ボランティアが作業して当たり前」の考えと、被災者の甘えが露骨に出ている姿にどうしても理解する事ができず、手を差しのばせる気になれませんでした

我が家もいろいろありましたが、幸いな事に親族で突如命を奪われるような事はありませんでした。ですので、今回の震災で身近な方が命を落とされた方々の苦しみは理解する事は難しいです…。しかし、度合いはそれぞれであっても人の苦しみは平等に与えられていると思います。被災・非被災は関係なく。
我が家は震災の影響ではありませんが、火事で失った財産、挫折をみなさんの支えでここまで立ち直る事が出来ました。
父のように時には厳しく、大らかで優しく見守ってくれる世の中に感謝して、その恩返しと言えるかは分かりませんが、今回の大震災で苦労されている方々にわずかでも力になれれば、と願って継続して支援しています。
ボランティアの私たちの支援は本当に小さくて些細なものです。復興の礎は現地の方々にかかっています。どうか互いに助け合って一歩ずつ前に進んで欲しいと願い、私たちもこれからも支援を継続していきます。



……



ところで、話が変わるんですが
本日、松本復興相が就任後、即辞任してしまったようなのですが
口が相当悪くてかなり酷評のようでしたが、真実って私たちが得た物で本当に正しかったのかとすごく疑問に残っています。

我輩のTwitter上でも複数の方と議論させて頂きました(ありがとうございました)が



いや、本人が口にした事は事実だと思います。



でも、私たちへ到達する情報にはすでに、事の本質が存在していないのではないか?という心残りです。
マスコミの編集って実に優秀で、正しい情報を送ってくれてはいるんでしょうけど、失言の前後に本人が言いたかった本質的な部分を話していて、それをマスコミがカットしているんじゃないかとくすぶっています。



具体的にどういう事か。



↑↑我輩の本日のブログを本質と仮定して。マスコミが編集した場合。

表題「ます犬…被災者に「甘えるなクソババア!」投稿…」

ます犬が個人で投稿しているブログ、7/5日の記事によると被災者に対して「甘えるなクソババア!」と発言した旨を記載し、さらにはボランティアの途中放棄も紹介。これが話題となりブログが炎上、翌日、記事とブログ本体を削除した。本人は深く反省し、「B型で短絡的。本意が伝わらない部分がある」と謝罪した。



…と紹介されて、我輩の居場所が無くなって超孤立。という図。ちなみにます犬の血液型もB型です。


「被災者とは人一倍寄り添っているつもりだったが、言葉が足りなかったりして、被災者の心を痛めたことを本当におわび申しあげたい。言葉が足りなかったり、荒かったりしたのは不適切だった」
「これからは子供たちのために、一兵卒として復興に努力していきたい。」


……(ノーコメント)


これで我輩のブログが炎上しなかったら、政治家って大変だな…と同情します。
でもいずれにせよ、特に成果が無く辞められた事に関しては残念です。





我輩も怒られないように普段の生活(仕事)をがんばろう…





最後に、不適切な発言を記載した事を心よりお詫び申し上げます。
[2011/07/05 13:15 ] | 未分類 | コメント(9) | トラックバック(0) |
近況報告
保身よりも地域貢献的な想いが先行して猪突猛進っぷりが伺える困ったちゃんなます犬です。皆様おはようございます。

青年部のブログは義務感でなんとか定期的に書けていますが
こっち側がさっぱりなのでたまにはここにも。


最近の大震災関連の近況報告ですが


福島の焼き鳥を寒河江のやきとりBarに誘致するべく、
6/18に福島駅前の鶏けんさんに食べに行ってきました。

【6/18のツイート】
http://twilog.org/masuken777/date-110618

もう少し何軒か回らないと目星が付けられないので、
近日にもう一度食べに行ってみようと思います。


最近は石巻市の牡鹿半島あたりで青年会議所として
ボランティア活動をしていました。

【6/23のツイート : 牡鹿半島での牡蠣養殖用の貝殻ひろい】
http://twilog.org/masuken777/date-110623

【6/28・6/29のツイート : 牡鹿半島での炊き出し】
http://twilog.org/masuken777/date-110628
http://twilog.org/masuken777/date-110629


Twilogには無い流れとして
6/29の炊き出しの際に、おそばを貰いに来たおばちゃんから

>どこから来たの?

山形県の寒河江市からです。

>寒河江か~。そういえば知り合いが一人いてね…


…と話を聞いてみると、寒河江のとある方を交流があって
この辺り(牡鹿半島の小渕浜周辺)は電話が通じないから向こうも心配していると思う。
もしよければ
「私は生きています。元気です」と言付けをお願いできないか。との事。


……


これ、ちゃんと伝えないと申し訳ないな。


と言う事で向かったのは寒河江市の寿司長さん

【寿司長さんのHP】
http://www.sushicho.com/

ここのマスターの奥山さんに元気だという旨を伝えて欲しいとの事で、
ランチを食べつつ報告してこようという流れで家族で足を運んで見ました。


q83gg.jpg
【ちらし寿司】


んで、奥山さんにかくかくしかじかと話をしてみたら、奥山さん自身も
その方を相当心配していたみたいで、いろんな伝手で相手の情報を仕入れていたようです。


まさか(小指を立てて)ですか?と冗談交じりもさらっとスルーされて


聞くと、二十代の若かれし頃、しょっちゅう牡鹿半島にツーリングに行って
泊まらせてもらったり、ご夫婦共にお世話になった方なんだーとの事。



そこで話すこと数十分…



そんな話をここに書くよりも、混み上がってくる想いは
言葉で伝えるだけで、お互いの想いがこんなに湧き上がるという感動。


電話、メール、インターネットと通信手段がいくらでもある時代に
人を通じて「出逢って 見て 触れて 聞いて 伝える」という流れはこころも伝わるという独特の感覚


人の想いって温かいですね


想い、伝えましたよ。


ちょっといい話、的な事はさておき、
これからの動向ですが、お世話になった方々からも「石巻にまた来てよー」というお声がけを頂戴してはおりますが、個人的には石巻での活動は一段落感が出てきて、大部分は業者に委ねてもいいのかなと

近々、福島原発の警戒区域の範囲が縮小される可能性のソースがあったので
福島近辺の支援ができないか模索中です。


福島のやきとりの寒河江誘致する件も含めて…


同じ東北の地で未曾有の災害が継続している事実に、
見て見ぬふりをしようとする自身の姿勢が嫌いです。


暑苦しい性格で大変申し訳ないのですが


死期を迎えた時に「バカだったけど生まれてきて良かったなー」と思えたら個人的に満点。
見えないくらい微力ですが、お役に立てられるように足を運べれば幸いです。
[2011/07/02 11:45 ] | 未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) |
原発デモに混ざってみた
してみたます犬です。皆様こんにちは

スマホからの投稿なので文章短めですが、写真とかさくっと上げるよ!(・∀・)

集合中はすみっこで寝てたんですが、目が覚めたら公園前の入り口でお巡りさんから封鎖されてました



横からするすると出られたので正面から



一触即発?



この数倍お巡りさんいだ!



ナイス衣装!


みんなで新宿を前進!

行動するって大事ですな!アイデンティティをくすぐられたます犬でした!
[2011/06/11 16:34 ] | 未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) |
変態と言われたい
なんだか最近、「京一郎が来る」とツイッターで騒いでいて(5月26日ころ)



なんのこっちゃ?



とテレビをほとんど見ない我輩が友達に伺うと、秘密のケンミンSHOWの彼が山形に来ると言うわけではありませんか。我輩は最近のテレビにはガチうとくて、秘密のケンミンSHOWは以前チラリと見た程度だったのですが



過去の放送によると山形県は「Most Valuable Kenmin」という称号を得ていたとか



なんという喜ばしいことで。



やっぱり仕事でもそうですけど、他社との違いが比較要素のひとつでもありまして
他には無い奇抜なところを持ち合わせている事は大事だと思います。


我輩の友達は「変態」と言われると、「最高の褒め言葉だ」と悶絶します。
そんな彼を見習って、他人が持ち合わせない技術を取得して「こいつは変態か」と言われたい。


京一郎君には来県ついでに寒河江にも足を運んで、県外の人から驚かれて、ぜひ寒河江の集客に結びつかせて欲しいですね。と、むりやり話を戻してきました。ます犬でしたー(山形弁)。みなさまこんにちわ。


最近、すごく久しぶりにお絵かきしてるんですけど、


肩こりがひどくでしんどいとです


30分ごとにiPadでマンガ読んで休憩しながら描くうちに、昔よりは腕が上がってきているような手応えはありますが、作業効率は半分になっているような気がします。


原因は液晶モニタのチラつきかなーとは薄々感づいているんですけど
自分でバックライトの交換してもいいんですが、ちょっと高い
モニタを使っているので色ムラ起こしたりさせると勿体なくて…


肩もみ機でもみゅもみゅしながら絵なんて描けないのかな-。


青年部のブログには絵の一部を掲載しましたが、やっぱり完成しての掲載をしたいので、こちらではpixivに上げてから紹介しようかなと。

そんなたわごとでした!きゃ
[2011/05/29 00:24 ] | どうでもいい | コメント(0) | トラックバック(0) |
改めて、震災後に想うこと
大震災から2ヶ月以上経過しました。


改めて東日本の皆さん、大震災をふり返っていかがでしょうか?
我輩は山形県という今回の大震災では各地の震源地から囲まれ、多くの不安と影響がありましたが、
さすがにこれだけ日数が経過すると、ようやく普段の生活水準を取り戻してきたなーという感覚があります。


ボランティアに明け暮れた日々も最近は一段落した感覚があり、ブログもようやく書けるようになってきました…
なんだか部屋も散らかってとんでもないことになっていましたが、深呼吸をしてようやく片付けをし始めました。


かなり出遅れ発進ですが、一歩、一歩前へ進んでいます。


さて、一区切りをつけようとした所で申し訳ございませんが、話をひとつだけさせて下さい。
実は我輩この大震災の最中で、どうしても消化しきれない出来事がありました。





これをブログに書くべきか、それとも相手の事を思って我慢し、静かに事を落ち着かせようとも悩みましたが、どうしても我輩の中で処理しきれずふくらんでしまうばかり。
このブログを読んで頂いている方でも、きっとこの混沌とした東日本で、人間関係でぎくしゃくし辛い思いをした方もいるかと思いますので、我輩のグチという事で、少々付き添って頂けるとうれしいです。


それは、仲が良いと思っていたひとりの知人からのメール。


3月13日(日)…大震災発生から約55時間経過…


Twilogを遡ると、当時我輩はガソリンの入手が厳しくなっていく焦りと、地元の中小企業・スーパーなどでの物販に影響があると考えて、市内の情報発信を行っていました。

3/13日のます犬のつぶやき(Twilog)

今ふり返ると、我輩は市内で一番パニクっていたのかもしれません。恥ずかしい話です。余震が絶えず起こり、これからどのように経済に甚大な被害を受けていくのか…隣県といえど同じ東北。スーパーから食料がどんどん消えていき、これから私たちはどのように生きていけばいいのかをかなり深刻に受け、生き延びるためには正確な情報が必要だと、車の使用を控えて必死になって近隣スーパー・ガソリンスタンドの現場を調べていました。



自分の足で歩いて気がついたのは、少なからず私たちは情報化社会で育った身で、たくさんの情報を多くの人々と協力し、共有する事で助かることも多いのではないかと。



実際に、我輩が行った近隣の調査は、テレビでも取り上げられないような極めてローカルで小さな情報でしたし、それがほんの少し役に立てているようでした。
「電池があのスーパーで売っていた。」「この商品が減少傾向がある」など、情報は様々。Twitterやmixi上では安否確認ツイートや生存報告ツイートなどが飛び交い、救われる命もたくさんあったようです。我輩も同級生の弟が仙台のデパートで津波の連絡が来た後消息不明となっており、Twitterで呼びかけて得られた情報を報告したりしていました。



これは、もっと広範囲の人に声をかければ、助かる人が増えるのではないか…?
ましては西日本とか遠方の人で東日本側に安否を知りたい知人がいれば、近場であれば我輩も確認してあげられるな…。



当時の山形は停電もまずは復帰し、食料と燃料だけが不足していた程度なので、命が危険にさらされているという点では危機を脱出していました。そこで得た余力をもっと困っている人へと思い、遠方の知人にも声をかけることに。



ひとり、ひとりと声をかけて「何かあったら声をかけてね」とメールして、互いに共有できる様協力をお願いしていました。



そんな中、ひとりから
>>あなたに話がある


と言われ、なんだろうと思っていると、「あなたとはもう二度と会いたくありません」という内容のメール。
(すでに削除したので、正確な文面は残っていません。)


あまりにも突然の事で、地震で不眠不休で溜まっていたストレスが頭の中で一気にはじけた感覚がありました。


さらにつらかったのが我輩の話を誰からかに聞き、一方的な解釈で今までの付き合いを否定して関係を断ち切られた事です。
なんで私の話を聞いてくれないのか悩み、そのまま寝込んでしまいました。







一晩、冷静に考えた結果と、2ヶ月経って出た答えはあまり変わらないように思います。
少し丸くはなったかな…




彼はあの状況下でどうしても言わないといけない事だったのだろうか…?

今回の地震とはほど遠い、遠い西の地から
もっと、落ち着いた頃に、「実は…」と声をかけても良かったんじゃないだろうか。


少なからずこちらの状況を知らないはずなので


我輩の家族や友だちが亡くなって悲しんでいたり
家や町がめちゃくちゃになっていても


きっと同じ言葉を発していたんだろうな。と
そう気がついた時点で、我輩も彼らと関わりたいとは思えなくなりました。


先週、一緒に石巻へボランティアに行っている友だちが酔っぱらって家に帰ろうとしたら自転車で転んで大けがした時の話です。その時、たまたま南相馬市から寒河江市に避難してきた方から助けられたらしく

その時彼が聞いた話ですが

震災当日に南相馬から家族全員で市から脱出し、次の日寒河江市に着いて市役所にて相談をしようとしたところ、役場の方から「何しに来たんですか?」という対応をされた事に悔しい思いをして、今でも頭に焼き付いているそうです。


なにが言いたいのかというと


人は相手の立場に立たないと理解できない事がどうしても存在すると思います。


彼の言っていた、我輩の過去の話もそうです。私自身を肯定するわけでは決してありませんし、すべて我輩の責任である事は重々承知ですが、互いに隠れた苦労があるし、本人と腹を割って話をしないと理解できない点もあると思います。


そういった点で、我輩の話を一切聞いてくれなかった(親しく思っていた)彼の後ろ姿が冷たく、ひどく悲しい気持ちになりました。
そして追い打ちをかけるような状況下であることも。


南相馬から避難されてきた方の話もそうです。避難されて来た方と受け入れ側の感覚の違いはTwitter上でもいろんな物議がありましたが、相手の事を考えれば多くの事柄が解決しているかもしれません。そのことも踏まえて受け入れの立場に立ったら、もっと大らかな心で受け止めたいと考えています。



二十歳くらいから思うようになってきた考えですが



「人の真価は窮地に立たされた時に見えてくる」



我輩の情けないところは、こんなかっこいい事言ってる割に、震災中に身の回りが逼迫し、仕事が立て続けにミスをしてしまった事です。たくさんの方にご迷惑をおかけしてしまいました。
この点は大いに反省しお詫びを申し上げて、今後はいかなる状況下でも淡々と与えられた職務を全うできる社会人になるべく日々精進していきたいです。

それと同時に、被災地でのボランティア活動や募金、その他諸々、この震災時に困っている人々へ手をさしのべる行動ができた事を誇りに思い、無いにこしたことはありませんが、また日本のどこかで助けを求められている事が起きれば、有無を言わずに飛び込める行動力をこれからも保ち続けたいです。


こんな時だからこそ啀み合った相手でも互いに温かい声を掛け合えるような大らかなこころを作るのが
自分自身の度胸が鍛えることにつながっているように思います。


まだまだ東北の復興はこれからですが、
みんなで手を取り合って助け合える。そんな東北、日本でありますように。


さて。次はどこにボランティア行こうかな
[2011/05/24 00:17 ] | 未分類 | コメント(1) | トラックバック(0) |
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